キーン コーン カーン コーン



2時限目の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。
教室の中はざわめき始め、ある方はサッカーボールを校庭へ向かい、
ある方は教室内で友人達とおしゃべりを始める。
小学校といってもあくまで本業は勉強。
学校の授業での疲れを癒すべく、もう一つの本業である「遊び」に打ち込むクラスメイト達。


そんな中、わたしは…………







   出会い  〜 girl meets girl 〜











  - 1 -



皆が教室なり校庭なりで休み時間を満喫している中、
わたしは一人教室の中で黙りながら、休み時間の終わりを待っていました。
遊ぶ相手がいない。一緒に話す相手もいない。
勉強が嫌いではないわたしにとって、むしろ休み時間の方が苦痛で仕方がありませんでした。
この休み時間20分が、授業の45分よりも長く感じるのは、おそらく校内でもわたしくらいでしょう。
何度この休み時間が、今すぐ終わってほしいと感じたことでしょうか……
無情にも秒針はこつ、こつと少しずつしか移動せず、後この音を何百回聞けば、休み時間が終わるのか、
ただそれだけを考えていました。


わたし、スフィー・ローンヴァレイは、名前を見ての通り日本人ではありません。
お父さんとお母さんは、海外で研究員を務めていまして、わたしも日本ではない場所で生まれ、育ちました。
お父さんもお母さんも非常に頭が良く、それが遺伝したのかはわかりませんが、
わたしも普通の人と比較して、頭の回転が速い、らしいのです。
それもあってか、今までわたしは学校というものに行ったことがなかったのですが、
「もっと人と触れあった方が良い」というお父さんの勧めの元、
今年の春からこの小学校に入学(あくまで名目上は「転校」ですけど)し、
満年齢9歳ということで、3年生として編入されることになりました。

しかし、上手い具合に事は運びませんでした。
今まで同年代の人間と接してきたことがないせいか、どう接したらいいのかが全くわからなかったのです。
生来の引っ込み思案な性格も、要因の一つと思います。
そのため友人と言える人は1人もいなくて、授業中も、休み時間も、登下校時も、常に1人でした。

正確に言えば、人と接触が全くないわけではないのです。
ただそれはポジティブな意味合いでは無く、ネガティブな意味合い、でですけど。
わたしは両親の特徴を強く受け継ぎ、ピンク色の髪に蒼眼という、特殊な容姿で生まれてきました。
この容姿はやはり日本でも大きく目立つのか、男子女子関わらず、わたしをからかいにくることはしょっちゅうありました。
「やーいガイジーン」という小学生特有のからかい方から、「お前は髪の色が違うから仲間はずれなー」という村八分的な発言まで、様々でした。
その言葉で済んでいたのも最初だけで、最近は少しずつエスカレートしてきています。
教科書が破られていたり、下履きの中に画鋲が入れてあったり、挑発的な事を書いたノートの切れ端が入っていたりと、挙げれば切りがありません。
そんな状況下になっても、わたしは誰か他人に助けを求めることはせず、ただじっと耐えていました。

状況を先生に説明すれば、一時的に改善する可能性はあるでしょう。
しかしほとぼりが覚めれば、しかえしとばかりにより激しい攻撃が来ることは間違いありません。
また、先生が確実にわたしの味方になってくれるとは限らないのも、言い出せない理由の一つになっています。
先生も人の子。多数決には敵いません。
わたしをいじめている子供達の中には、親がPTAの会長という方もいます。
そのような状況の中、PTAと戦うことを決意してまでわたしの味方をしてくれる方が、一体どれほどいるのでしょうか。
それを考えると、先生に相談するのはマイナスになる可能性の方が高いのです。

わたしの事でお父さんやお母さんを困らせるわけにもいかず、今日も悶々とした一日を送っています。
いつこの負の連鎖から開放される日が来るのか、わたしにもわかりません。
わたしは永遠にこのままなのでしょうか……












 - 2 -



シュー………………バサッ!!

風を切る音が止むと同時に、網が揺れる音がした。
サッカーボールがゴールに突き刺さった瞬間だった。


「ナイッシュー如月!」
「全く、あいつが敵にいると全然勝てないよなー」


チームメイトから相手チームまで、色んな声があたしに向かって飛んでくる。
本日2ゴール目。今日もあたしの右足は調子がよさそう。
本当は野球がやりたいんだけど、休み時間はそんなに長くないし、他の生徒たちも沢山校庭で遊んでいるし、
今はサッカーを楽しめているので、これはこれでありと思ってるけど。


あたし、如月末莉はここの小学3年生。
学校の勉強はちょっと苦手だけど、運動ならそこらの上級生にも負けない自信がある。
好きな授業は勿論体育。
基本的に体を動かすことが好きなので、放課時間もこうして男子に混ざってサッカーをやってたりする。
自慢じゃないけど、男子達は遊びといえども勝負に勝ちたいからか、
チーム決めのじゃんけんの際、一番最初に勝った男子は必ずあたしを指名する。
今日もこうして太陽の下、ボールをまた一つゴールの中へ飛ばしていく。
こんな日常が大好きだった。


男子達との関係は良好だったけど、女子との関係はあんまり良くなかったりする。
あたしが男と混じって遊ぶことを快く思ってない連中がいたりするのよね。
まあ出る杭は打たれると母さんもよく言ってたし、いくらかは諦めてたり。
どうせそういう連中はあたしの目の前で何かをするという行動力があるわけでもなく、
ひたすら裏でこそこそ悪口を言ってるだけだと思うし。
そんな人たちと関わっても、よいことは全くないしね。
学校の勉強ができないあたしでも、悪い噂とか陰口が耳に入ってこないほどバカじゃないから、
誰がどーんなことを話してるのかぐらいはしっかり耳に入ってる。
だからあたしは今のままでいいと思っている。
自分の好きなことが出来るのであれば、他のクラスメイトなんて知ったことじゃない。


ただ一人だけ、気になる女子がいるといえばいる。
今まで一回も会話したことはないんだけど、なんとなく興味を惹かれる子がいる。
今年春に転校してきた、スフィーという子のこと。
いつも一人でじっとしているし、誰とも関わりを持たず、クラスの中でも浮いてる存在なんだけど、
あの子は他と比べて、ちょっと何か違うものを持っている気がする。
その何か、というのは上手く言葉では言い表せないんだけど、なんとなく会話してみたい気がする。
もしかしたら仲良くなれるかも?という気がちょっとだけあったり。
ただの軽い興味本位と言われたら聞こえは悪いけど、こればっかりは会話してみなければ仲良くなれるかなんてわからないし、
まずはファーストコンタクトが重要だと思う。
うん、それがいい。まずは行動第一!
今日授業が終わったら、声かけて一緒に帰るところから始めてみようかな。
って、うわっ?!


「おい如月!何ぼーっとしてんだ!あぶねえぞ!」


サッカーボールがあたしの目の前をかすめて飛んでいった。間一髪の回避だった。
そうだ、あたしはサッカーをしていたんだった。すっかり忘れてた。
いけないいけない……。また授業中に色々考えてみようかな。それまではサッカーに集中っと……












 - 3 -



「ねえ、ちょっといいかな?」



午後2時を少し回り、授業が終わって今日も一人で帰ろうと思った矢先、わたしは声をかけられました。
この水色髪にツインテールの方は……如月末莉さん、ですね。
何時も校庭で何時も元気に運動されてる姿が印象的でした。
一度たりとお話したことはありませんでしたが……このわたしに何の目的で近づいてきたのでしょうか……?
この方もわたしをいじめに来た、とはあまり思いたくはないのですが……

「は、はい……一体どのようなご用件でしょうか……」

恐る恐る、精一杯の声を振り絞って、末莉さんに投げかけてみました。
その瞬間、わたしの脳内が目まぐるしく回り始めました。
末莉さんのリアクションがもしこうだったらどうしようか、という何十……いえ、何百ものシチュエーションを想定したシミュレーションが脳内で駆け巡っています。
しかし、わたしのシミュレーションは完全に無駄だったようです。
なぜならば、彼女から返ってきた答えは、完全にわたしの想定外のものだったからです。



「あたしと一緒に帰らない?」







この子は本当に不思議な子だと思う。
今まで他のクラスメイトにされてきた仕打ちのせいか、小動物のようにおどおどびくびくしてて、
あたしが軽く声をかけても、報復を恐れるかの如く、小さな声でぼそぼそ喋るような感じになっちゃう。
まあ正直、あの状況下では仕方ないと思う。
スフィーが他のクラスメイトから何をされているのか、少なからずあたしの耳にも入ってきている。
右も左もわからない転校生があんな仕打ちをされたら、一人からの中に閉じこもってしまうのも当然と思う。
あたしが他の女子クラスメイトと関わらないのは、殆どが某かの形で彼女をいじめているから、というのもある。
人をいじめて何が楽しいのか、あたしには全く理解できない。見下すことに優越感を感じているのかしら。
先生も見て見ぬ振りしてるし、本当にどうしようもないわ。
まああたしも今まで彼女と関わってこなかったし、同罪っちゃ同罪なのかしらね……

そんなスフィーだけど、おどおどびくびくしながらも、あたしが投げた言葉のキャッチボールにはきちんと返してくれる。
そこまで真面目な話とかじゃなく、たわいもない日常についての話(といっても会話の主導権はあたし)だけど、
言葉は常にしっかりとした敬語。内面はしっかりとしているのだと薄々ながらも感じる。
全く自己主張をしない子だし、授業で聞かれた時も答えたり答えなかったりしてて普通を装ってるけど、
爪を隠してるだけで、実は物凄く頭がいいんじゃないかしら。


スフィーと会話をしていく中で、あたしは一つの決心をした。
「あたしはこの子と仲良くしていきたい」と。
理由は打算的なことでもなく、同情とか哀れみという感情的なものでもない。
この子と一緒にいると、何か楽しい気分になってくるから。
こうなんか上手く言葉では言い表せないんだけど、少しずつスフィーの内面を引き出せていけたらいいかな、と思う。
勿論今すぐは無理だけど、少しずつ少しずつ、彼女があたしに心を開いてくれると嬉しいかな。




不思議です……。何故この方はわたしに優しく接してくれているのでしょうか……
今の学校に編入してから2ヶ月。誰一人まともに声をかけてくれたことはありませんでした。
あるときはきつい言葉を投げかけられ、あるときはつばをかけられ、あるときは陰湿な嫌がらせをされ……
全ての人はわたしを見下しているものだとずっと思っていました。
でも、この人は違います。
何か策略などを持ってわたしに接しているのではなく、純粋に近づきたいという気持ちが伝わってきます。
どうしてわたしなんかに、とも思いますが、理由を邪知するのは良くないことだと思います。
ただ今はどうやって接したらいいのか、それがまだわからなかったりします。
末莉さんの質問に答えるだけで、わたし自身が能動的に会話のボールを投げれていない状態です。
どうやって接したらいいのか……これも勉強していかなければいけません。


わたしの人生で最初のお友達になってくれたらいい……かな……









  - 4 -






末莉さんと一緒に行動するようになって、2週間が経ちました。
本当に少しずつではありますけど、末莉さんにリードされるような形で、会話が成立するようになってきました。
快活で裏がなく、丁寧にわたしと接しようとしてくれるのが伝わってきます。
この前の日曜日には、末莉さんに招待されまして、家に遊びに行きました。
末莉さんのお母様―如月祥子さんとも会いました。
お二方ともわたしを暖かく迎えてくれて、嬉しかったです。
まだぎこちなさがわたし自身にあったりしますけど、そんなわたしを見捨てず、優しくしてくれます。
この方ともっと早く接触するべきだったと後悔しております。
わたしにほんの少しだけでも、勇気があったら……


相変わらず他の方との会話はないですけど、末莉さんは休み時間に外へ行くのをやめて、
わたしの所に来て語りかけてくれます。
末莉さんも外で遊びたい気持ちがあるのに……と、少しだけ罪悪感を感じなくもないですけど。
それだけ末莉さんがわたしのことを想ってくれているのだと、プラスに考えてます。
願うわくば、この幸せがずっと続いてくれればいいのですが……





「ちっ、またか……」


図書室で行われた自習から帰って机の中を見てみたら、メモ紙が置いてある。
きったない字で「あいつと関わるのはやめろ」と書いてある。
ったく、これで7回目かしら。面倒臭いわね。
あいつが誰の事を指すのかは察しが付く。あたしもそこまでバカじゃない。
十中八九スフィーのことだと想う。
こういう嫌がらせがくるようになったのは、あたしがスフィーと関わるようになってからだしね。
そんなにあたしがスフィーと会話するのが都合悪いのかしら。
いじめっ子の考えることは全く理解できないわ。そういう連中と関わったことないし、関わりたくもない。


ただ、スフィーと仲良くしようと決断した時から、こういう嫌がらせが来ることも大体想定していた。
ま、この程度で折れるあたしじゃないけどね。
人の噂も75日ということわざがあるし、そのうち諦めるんじゃないかしら。
ただ向こうはなまじ人数いるし、簡単に諦めるかといったらそうでもないわね……
仮に喧嘩なら負ける気がしない。クラスの女子全員と同時にバトルしても勝つ自信はある。
けど、あいつらの背後にはPTAの連中がいる。これがまた面倒臭いのよね……
あたし自身は停学とか食らっても別に構わないんだけど、そうなるとスフィーが心配になるのよね……
あんまり考えたくはないんだけど、報復といわんばかりに今まで以上にいじめがエスカレートする可能性がある。
それだけはなんとしても避けたい。
……といっても、あたしは正直頭が良くない。母さんに一度相談してみようかな……







「……ついにこうきたか。」

これで机の中に殴り書きのメモが放り込まれたのは23回目。
今まではただ文字が書かれるだけで無視すればよかったけど、今回はそうはいかなかった。


「授業後に一人で校舎の裏に来い。さもなくば、お前が恐れていることをやるぞ」


正直こういう方向に向かってほしくは無かった。
あたし一人が被害を被るのはいくらでも我慢出来るけど、スフィーに矛先が向かれるのは正直やめてほしかった。
人の心が少しでもあるのなら、と期待したあたしが馬鹿だったか……
この文面から察するに、スフィーには内容を知らせない方がいいわね。
今日は先生に授業後呼ばれてるから、とでも言っておこうかな……



授業後、校舎の裏に一人で向かうと、6人ばかりの女子がいた。
……どいつもこいつも見覚えがあるわね。クラスメイトだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
立っているのは皆、スフィーを影でいじめていた連中である。
おおかた生意気だからヤキを入れてやる、とかそんな感じなんでしょ。馬鹿馬鹿しい。
でもスフィーに迷惑はかけられない。どうなるかも十分想定した上で、あたしはその6人に近づいた。


「ちょっと!あんた最近生意気なんだよ!」


グループの中心格があたしに罵声を浴びせた。……ったく、テンプレ通りの罵声ね。
もっと他に工夫して言えないのかしら。まあ小学三年生だし、所詮は子供の喧嘩ね。
「お前、あいつと最近仲良くしようとしてるだろ。」
「何いい子ぶっちゃってるんだよ。え?」
「いいように見られようったって、そうはいかないんだよ!」
……面倒臭い奴らね。あたしがどうしようがあんたらには関係ないじゃないの。
でもそう言って聞くような連中だったら、いじめなんか起こってない。
つまり、あたしはこいつらから蹴る・殴られることに耐え抜かなければいけない、という未来を最初っから想定していたのである。

「で、あたしをどうしようというつもりなの?」

あたしは奴らを睨みつけながら答えた。
睨むつもりはなかったけど、やっぱり感情を隠すのは無理だった。
睨まれたのが癪に触ったのか、サブリーダー格の子がこう言い放った。


「そんなの決まってるじゃないの。その曲がった根性を私たちがたたき直してあげるのよ!


そう言い放った瞬間、乾いた音が校舎の裏で鳴り響いた。
勿論これは序の口に過ぎない。おそらくこれから沢山の暴行があたしに向けられるはず。
逃げる気はない。そんな気なら最初からここには来ていない。
さあ、来るなら来なさい。今までスフィーが耐え抜いてきた心の痛みに比べれば、これくらい大したことないんだからっ……!








「ま、末莉さん?!」



昨日はわたし一人で家に帰りました。末莉さんは先生に呼ばれていて帰るのが遅くなるから、という理由でした。
少なくとも、末莉さんが先生に呼ばれるようなことはわたしの記憶にはないのですが……
そう疑問を抱いていましたらその翌日、末莉さんの姿に驚きました。
頬がかすかに腫れていて、誰かに叩かれたかのような状態でわたしの前に現れました。
何時もはTシャツにミニスカートという服装でしたが、今日は上半身は長袖の服、下半身は長ズボンを穿いていました。
6月も既に下旬。朝にして太陽から照らされる日光は身を焦がすくらいに暑い中、明らかにその格好は不自然でした。
昨日わたしが帰った後、何かがあったのでしょうか……

心配なので、末莉さんに何があったのかを問いかけようとしましたが、
頑なに「道で転んだだけだから」という主張を曲げません。
とても道に転んだような怪我には見えませんが……
……おそらく、わたしに気を遣ってくれて、本当の理由を隠しているのでしょう。
わたしはいじめられるのが怖かった。ここ二週間ほどは、わたしに対するいじめが殆ど来ていませんでした。
その矛先が誰に向かったのか……嫌でも想像が付いてしまいます。
おそらく末莉さんの方に向かったのでしょう、
「わたしは大丈夫ですから……」と言おうとしましたが、言葉に出すことはできませんでした。
恐怖心があり、またあの恐怖の日々に戻るのは嫌だったからです。
でも末莉さんが身代わりになっているだけで、根本的な解決に全くなっていないのも事実ですし、
何より末莉さんが傷つくのは、わたしとしても非常に悲しいこと……


この場合、どうしたらいいのでしょうか…………









  - 5 -



「……末莉さん」


恐る恐るわたしは声をあげた。
末莉さんが怪我してから1週間が経ちました。
相変わらず長袖長ズボンの姿ですので見た目は良くわかりませんが、日が経過するほどその傷は増えている気がします。
影で末莉さんが蹴られてたり殴られていたりしてるのを想像するだけで心が痛みましたが、
有効な打開策も思い浮かばず、その1週間の間、ずっと末莉さんはわたしのために暴行を受け続けていたのでした。


「な、何かしら?」


痛みを堪えるような感じで、末莉さんは答えました。
……もうこれ以上は耐えられません。勇気を振り絞って、わたしは次の言葉を紡ぎました。
「……正直に答えて下さい。わたしが帰った後、末莉さんは何をされているんですか?」
末莉さんは最初いつも通りウソを付こうという表情をしていましたが、
今日こそは真実を聞きたい。わたしが想像していることを、末莉さんの口から聞かせてほしい。
その想いを瞳に込めて、末莉さんの方に向けました。
お願い……わたしの想い、伝わって下さい……!




(困ったわね……)


あの日から一週間が過ぎた。あの日以降、毎日あたしはあいつらから暴行を受け続けていた。
顔は殆ど殴られず、暴行を受ける箇所は胴体や足や腕ばかり。
ったく、あたしがスフィーに真実を話せないということを利用して、
できるだけ服で隠せるような箇所を集中して攻撃してくるんだから、たまったものじゃないわね……
正直1日目にして、スフィーには全部バレてると思った。
あの子は頭がとってもいい。おそらくあたしには想像できないくらいに。
だからあたしの浅知恵なんてお見通しに決まっている。
それでも、あの子には真実を隠したかった。スフィーを守ってあげたかった。


……でも、隠し通せるのも限界みたいね。
2つの蒼眼から放たれる眼光……いじめている連中らとは比較にならないくらいの鋭さがあった。
今まであたしが見てきた中では、母さんの次に鋭い眼光といってもいいくらい。
……出来れば言いたくなかったけど、あの大人しいスフィーがここまで本気の目を向けてくるのであれば仕方ないわね。
一応母さんともある程度話はしてあるし、スフィーの考えていることも聞いてみたいし。





「……………………」


末莉さんの口から聞かされた内容は、わたしの想像をはるかに超えたものでした。
暴行されていた事自体はわたしの想像通りでしたが、ここまで沢山の痣が出来ていたというのは想定外でした。
殴る蹴る以外でも、教科書を破られたり、ランドセルにカッター傷を入れられたりと、
いじめという範囲を超えている行為がなされていたということを知りました。
……確かに、真実を知りたいというのはわたしの希望でした。
でも、ここまでの悲痛な話は聞きたくありませんでした。杞憂であってほしかった……!


「ど、どうして……そこまで…………」


わたしの瞳から、一滴の液体が流れ落ちました。
今まで抑えていた感情が、涙という形で溢れてきました。
もう止められない。こんなに悲しいことは今までの人生の中で一回もありませんでした……
二粒……三粒……やがてそれは滝のようになり、わたしの頬を伝っていきました。
しかし、そんなわたしを見ても末莉さんは柔らかい表情で言いました。


「決まってるじゃない。あたしはスフィーを守りたかった。ただそれだけのことよ。」


このような人がいてくれるなんて……
もうわたしはどうしたらいいのかわかりませんでした。
ただもう泣くことしかできない。どうやったらこの涙が止まるのかがわからない。
止まって……わたしの涙……!!






「どう?少しは落ち着いた?」


泣きじゃくるスフィーを抱きかかえてどのくらい時が過ぎたのか。
ようやくスフィーが落ち着いたと思い、彼女に問いかけてみた。

「……はい。」

弱々しいながらも強い意志が込められたような返事をくれた。
これなら大丈夫かしらね。とりあえず今は。
ただ、まだ根本的には何も解決していない。そこが問題なのよね。
一応母さんとも相談してあるし、既に一つ計画がある。
でもただそれを実施するだけじゃつまんない。
せめて一矢は報いたい。でもあたしの頭じゃ何も思い浮かばない。
母さんは「そこは貴方自身が考えなさい」としか言ってくれなかったからなあ。
うーん……。ここはスフィーにも相談してみようかしら。
ここまで本気であたしのこと考えてくれてるんだし、彼女ならいいアイデア出してくれるかも。


「一つだけ聞いていいかな。」
「……はい。」
先ほどと同じような返事。でも、さっきより強い意志が感じられる。
「スフィーはこれからどうしたい?」
あたし自身の方針はあるけど、それが実行できるかはスフィー次第。
彼女の考え次第では、また方針を変えないといけない。
さて、スフィーの回答は……

「両親に相談しました…………良い、と言ってくれました……」
「……そう。」

どう返答したらいいのかわからなかったけど、とりあえず簡単に答えた。
適当に答えたつもりはない。でも、どう言ったら良いのかもわからなかった。
これならあたしの方針も打ち明けられそう。彼女が受け入れてくれるかはわからないけど。
向こうが答えてくれたんだから、あたしもそれに答えないとね。


「そう……ですか……」


彼女にとっては少し重い答えになったかもしれない。
でも、これは絶対打ち明けなければいけないことだった。
そこはなんとか理解してほしいところ。スフィーは頭いいし、大丈夫だとは思うけど……
ただ気持ちに整理が付いていないのか、まだ俯いている。まあ仕方ないか。
さて、じゃあ次に出す言葉は……




末莉さんの口から出てきた言葉は、流石に衝撃的でした。
……でも、受け止めなければいけません。これはお互いが良くなるために絶対必要なこと。
何故こうなってしまったのか……これ以外に道はなかったのでしょうか……
……いえ、後ろを向いてはいけません。これは末莉さんが真剣に考え、その上で導き出してくれたことです。
それならわたしも、全力を持ってお答えしなければいけません。
末莉さんがわたしに提案してくれたことは、一矢報いるためにやりたいこと、なんだそうです。
こういうシチュエーションになったら真似てみたかった、と仰っていました。
本当はこういうシチュエーションに出くわさないのが一番よかったのですが……


末莉さんの考えを実施するためには、いくつかのピースが必要でした。
それにはわたしの協力が必要不可欠、とのことです。
……わたしの力が誰かの役に立つのであれば、それが末莉さんであるならば尚更……
両親以外で、初めてわたしを必要としてくれた方と巡り会えた気がしました。
ならば、わたしも全力を持ってそれにお応えしたいと思います。
脳内でいろんな考えを巡らせ、導き出された結論。それは……



「では末莉さん。こんなのはどうでしょうか……」









  - 6 -


「こんなところに私達を呼びつけて、一体何の用なのよ。」
体育館の倉庫。それが今あたしのいるところだった。
目の前にはずらりと、例のいじめっこグループが6人。
ったく、いつ見ても人相悪いわねこいつら。
あたしを攻撃するときは常に6人。群がらないと何もできないのかしら。
「私達、お前に付き合ってられるほどヒマじゃないんだけど。」
先ほどとは別の奴が、非常にめんどうくさそうな表情で答える。
「はん、いつも授業中にどっか消えては談笑してたりする人たちの言うこととは思えないわね。」
皮肉を込めて些細な反撃を行う。
が次の瞬間、乾いた音と共に痛みが押し寄せてくる。
「誰に向かって言ってるんだよ。いい?お前なんかいつでも私のママの力で追い出すこともできるのよ?」
リーダーがこう答える。
はっ、親がPTAの会長だかなんか知らないけど、お前一人じゃ何もできないくせに、よくそんなことが言えるわね。
反撃したい気持ちもあったけどここは我慢。まだ、まだよ……
「大した用じゃなかったらどうなるか、わかってるんだろうね?」
あたしを見下すように答える。
いや、実際身長はあいつらの方が高いので、物理的には常に見下されてるんだけど。
さて、そろそろ本題を切りだそうかしら。


「そんなこと決まってるじゃない。なんであんたらは、あたしを目の敵にするのかしら?」


一瞬6人がきょとんとする。そして次の瞬間けらけらと笑い始める。
どうせあたしのことをバカだと思ってるのかしらね。ふん、バカで結構。
むしろ今はそう思ってくれた方が好都合。さあ、もっとバカと思って頂戴!
「まあ仕方ないわね。あんたバカだし、優しく教えてあげるわ。」
「以前にもいったけど、お前生意気なんだよ。男に混じってサッカーとか、そんなに男に媚び売りたいわけ?」
媚びを売る?また難しい言葉を使うわね。
あたしは頭が良くないから意味はわからないけど、とにかく男子と一緒になって遊ぶことが気に入らないみたい。
まあそりゃ固まって他人の悪口ばかりをベラベラ喋ってばかりいたら、男子じゃなくても寄ってこないわね。
あたしが仮に男だったとしても願い下げ。反吐が出る。

ま、こんなことはどうでもいい。あたしが聞きたいのはそんなことじゃない。
このまま調子に乗らせておけば、向こうから勝手に吐いてくれるだろうし、もう少し我慢ね。
「それにお前、最近あいつと仲良く友達ヅラしてるみたいね。」
……早速来た。こんなに早く口を滑らせてくれるとは好都合。
一番聞き出したかったのはここよ。さあ、洗いざらい吐いて貰おうじゃないの。
「なにあんた。正義の味方のつもりなの?子供ねー」
「そうそう。悪口浴びせたり、教科書破いたり、靴に画鋲を仕込んだりしても、なーんにも言ってこないんだから。」
「反撃する度胸もないのかしらね。ハハハ。」
額に青筋が経ちそうになる。聞けば聞くほど虫酸が走る。
でもまだ。もっと吐かせるのよ。今までも痛みに耐えてきたんだから、我慢我慢よ。
「そこまで執拗にやるとは悪趣味ね。あんたたちあの子に両親でも殺されたのかしら?」
精一杯の皮肉を込めて答えてやる。
再び爆笑し始める6人。こいつら本当に調子に乗りやすいのね。
「あんたバカぁ?何言い出すのかと思ったらそんなこと?」
「いじめるのが楽しい。ただそんなけのことよ。」
「ガイジンだかなんかしらないけど、なんか目立つし見てるだけでムカ付くのよね。」
「もう少し泣きわめいてくれるとさらに面白かったんだけどね。」
「ま、今ここでお前をボコボコにしたら、あいつ泣いて土下座まで始めるかもしれないわよ」
「アハハハハハ!」
高笑いが倉庫内に響く。
その時だった。



カチリ
かすかに金属音がしたのを、あたしは聞き逃さなかった。
目の前の6人は完全にあたしに気を取られていて気付いてない様子。
思わず笑みがこぼれた。全ての準備は整った。
「さて、どうするこいつ。話すことも話したし、くだらないことだったからいつも通り殴っちゃう?」
サブリーダーの子がリーダーに言った。すかさずリーダーは
「そうね。私達の自由時間を奪ってくれたんだし、体で払って貰おうかしら。」
ったく、体で払うとかどこで覚えてくるのよそんな言葉。
そう思っていたら、あたしはリーダーに胸ぐらを捕まれた。
どうやら今日は本気でやってくるようね。
「さあ、今日こそは泣かせてやるわよ!」
あたしを殴ろうと、リーダーが拳を振り上げた。
今よ!お願い!!



「誰に向かって言ってるんだよ。いい?お前なんかいつでも私のママの力で追い出すこともできるのよ?」

「大した用じゃなかったらどうなるか、わかってるんだろうね?」



校内放送のスピーカーから大音量で流れる。
先ほどあいつらがあたしに向かって吐いた数々の暴言である。
まさか自分たちの声が全校に垂れ流しになるとは思ってもいなかったでしょうね。
その証拠に振り上げた拳は、行き先を失ったかの如くバタバタし始めている。
「な、何?!なんなのこれ?!」
「ちょっと!お前一体何したんだよ!」
「やめて!はやく放送を止めて!!」





「末莉さん……上手くいってるでしょうか……」


わたしは今放送室に来ています。
室内で録音機材を展開し、先ほど出来たばかりの音声データを校内放送に載せています。
その内容は、現在末莉さんが体育館の倉庫内で、いじめっこの方々との会話。
末莉さんの持つ小型マイクから送信されたデータをこちらで受信し、
放送室の外部入力を利用して全校に流す、というものです。
……正直聞くだけで心が痛んできます。
わたしの知らない裏で、末莉さんがこんな風に殴られたり蹴られたりしていたなんて……

……でも、悲しんでいる場合ではありません。まだこれだけで終わらせません。
スカートのポケットの中に手を入れ、小さな物体を取り出します。
この物体を端子に刺して、後はこれを流すだけ。


ガンガンガンガン!


ドアの外からドアを激しく揺する音が聞こえてきました。
放送を聞いた先生が、ドアを開けて放送をやめさせようとしているのでしょう。
いじめっこのリーダーの方は、親がPTAの会長と聞いてます。先生方が焦るのも無理はないでしょう。
でも皆様、ごめんなさい。その要求にはお応えできません。
鍵はかけさせて頂きました。今ここで放送をやめるわけにはいかないのです。
少しの間だけ、放送室はわたしのものです。
もうしばらく、わたしに時間をください……




「ちょっと!これどういうことなの!!」


顔面蒼白になった六人のうち、一人が答える。
爆笑した次は攻撃的な表情になったかと思ったら今度は真っ青になるなんて、人間って本当に面白いわね。
何人かは必死に倉庫のドアを開けようとしていたけど、ついに諦めたのかドアから手を離したみたい。

さっきのカチリ、という音は、体育館倉庫の鍵が閉まる音。
毎日昼休み前になると、用務員の方が鍵を締めに来る。昼休み中勝手に倉庫内の道具が使われないよう、毎日巡回してるんだって。
ただその人は耳があまり良くなくて、中に人がいても気付かず締めちゃうことがあるのよね。
あたしは1回それされたことがあったから、今回こういう形で利用させて貰ったけど。


ま、それはいいとして、どうやらスフィーは上手くやってくれたようね。
じゃあそろそろあたしも反撃に転じようかしら、ね。
「どういうことも何も、あんたたちが今までその口から出てきた言葉そのものじゃない。何が不満かしら?」
「ふざけないでよ!!」
してやったりという顔で6人に対して質問に答えたら、台詞を言い終える前に悲痛の叫び声が飛んできた。
「ふざけるなって何?そんなに人前で聞かれたくないような言葉を言い続けてきたの?」
何も言い返せない。ま、当然かしらね。
先ほどの会話の放送は既に終わっていて、現在放送で流れているのは、ここ数日間あいつらがあたしの机の前での会話。
ったく、あたしが机に座っていない間にこんなこと喋っていたなんて。どこまで陰湿なのかしら。
ただその会話内容は、先ほど直接話した会話とは比較にならないくらい聞くに堪えないくらいの陰口を言い合ってる。
時々ビリッ、ビリッという音も聞こえる。やっぱりあたしの連絡ノートを破ったのはこいつらだったのね。


あたしとスフィーが考えていたのは、こいつらの所業を全校放送で垂れ流しにすることだった。
せめてこいつらに一矢報いたいけど、あたし一人じゃ実現は難しいと思っていた。
スフィーの助力あってこそ出来たと言っていい。
あたしはこういう機械の使い方わからないしね。
やっぱりあたしが見込んだだけの子ね!
「お前、こんなことしてただで済むと思ってるの?!ママに訴えてやるんだから!」
結局ママ頼みか。情けないわね。
ま、あたしも母さんの力借りてるしお互い様かしらね。
「訴えるのは結構。あたしに学校に居場所がなくなるだけ。
最もあたしは既に転校届け出してあるから、今更居場所がなくなっても、痛くも痒くもないけどね!」


一週間前、あたしは母さんに相談した。
あたしの現状やスフィーのこと、あたしが知っていることを全部母さんに話した。
その時母さんは笑ってあたしにこう言った。
「わかった。貴方の気が済むまで戦ってらっしゃい。後のことは私に任せて。」
その時準備した切り札の一つがこれだった。
あたしは転校に必要なこととかが全然わからなかったけど、全て母さんに任せた。
ただスフィーの事だけが気がかりで、こないだスフィーを家に呼んだのも、母さんにスフィーを見て貰いたかったというのがある。
そしてこないだのスフィーからの申し出。
これなら使える……そう思ったあたしは、計画をスフィーに打ち明けた。
こういう仕返しの方法は、どっかのテレビドラマで見たのをパクっただけの二番煎じだけど、ここまで上手くいくとは思わなかった。


親に頼ることができなくなったリーダーは、もうどうしたらいいのかわからない表情に。
そして少しずつ顔を真っ赤にして、あたしに詰め寄ってきた。
「お前……絶対に許さない!無事に帰えれると思うなよ!!」
拳を振り上げ、そしてあたしの顔面に向かって右ストレートを繰り出してきた。
しかしその拳はあたしの顔に直撃することはなかった。


「許さない?誰に言ってるのかしら?」


リーダーの拳は、あたしの掌の中にスッポリ収まっていた。
悪いけど、その程度のパンチであたしに攻撃を当てれるほどヤワな鍛え方はされてない。
今まではスフィーのために我慢してきたけど、もう我慢する必要はなくなった。機は熟した。
「その台詞。そのままあんたたちに返すわ。よくも今まで、あたしを殴ったり、スフィーをいじめたりしてくれたわね。」
少しずつ体が熱くなる。
今まで抑えていた怒りを、少しずつ開放し始める。
ギリリ……拳を握る力が思わず強くなる。今ならこの拳を握りつぶせそうな気すらする。
力を込め始めると、怒りで真っ赤になっていたリーダーの顔が再び蒼白になる。


「今までのこと……全部、今ここであんたたちに返してあげるわ!!!


拳ごと腕をぐいと引き寄せる。
そしてボールを投げるピッチャーのような構えになり、そのまま右腕を地面に叩き付けるかのように、思いっきり腕を振り下ろした。
バーン!!!
倉庫内で大きな音が響く。体操用のマットからの音である。
マットに叩き付けたリーダーの子は、白目を剥いて気絶していた。ふん、たわいも無いわね。

それを見た残り5人は、怯えるような表情になった。所詮はリーダーの威を借る狐共だったわけね。
でもあたしの怒りはこんなんじゃ収まらない。
指をボキボキ鳴らす。さあ、いつもあたしに殴りかかってきてたように、かかってらっしゃい。
「安心して。あたしは優しいから、あんたたちに殴り傷とかを負わせるつもりはさらさらないわ。
今まであたしにやってきたことを、ほんのちょっとだけお返しするだけよ。」


しばらくの間、倉庫内で悲鳴が響き渡った。









  - 7 -



「……本当に、行ってしまうのですか?」


あの日から3週間が経ちました。一学期の終業式。
そして、末莉さんがこの学校に登校する最後の日……
その帰り道を、今2人で歩いています。
「ん、まあね。」
わたしは曇ったような表情をしている反面、末莉さんは憑き物が落ちたかのような、さわやかな表情。
やはり、目的を達成できたから、なのでしょうか。

「でもやっぱりスフィーって凄いわね。あんなけ大の大人がいたのに、全員論破しちゃうなんてね。」
「そ、そうでしょうか……」
「最初は凄く高圧的だったのに、どんどん返す言葉がなくなって声が小さくなっていったのは笑ったわね。」


実はあの日の後、わたしと末莉さんは呼び出され、多くの教師とPTAの方々に囲まれました。
当然といえば当然なのですが、全員凄い形相でわたし達をにらみつけていました。
そこから先は全然覚えてないんですけど、、
気がついたら目の前にいた全員、何も言えないような表情で俯いていました。
わたし、一体何を喋ったんでしょうか……


「でもさ、あたしだけじゃないじゃん。スフィーにとっても最後の日だったんでしょ?」


末莉さんが仰った通り、わたしにとってもこの学校に登校するのが最後の日になります。
お父さんとお母さんに相談した結果、2人から謝られてしまいました。
今までそんな辛い目にあってたなんて申し訳ない、と。
結果、お父さんの下した結論は、もう少し時期を待つ、でした。
真面目に学校を探して、わたしを受け入れてくれそうな所を見つけてくれる、というものでした。
この学校から離れること自体は特に何も感じませんが……ただ……


「わたしは……末莉さんと離れるのが辛いです……」


それはお互いが遠く離れてしまうということを意味します。
だからこそあの日、あの作戦が使えたというのもあるのですが……
せっかく出会えて、ここまで仲良くなれたのに……


そんなわたしの表情を感じ取ってか、末莉さんが声をかけてくれます。
「……正直言うとね。あたしも内心は悲しいよ。あたしにとっても、スフィーは初めての友達だったからさ。」
「え?」
思わず目を丸くしてしまいました。
「でも末莉さんって、よく校庭で皆さんと遊んでいらっしゃったのでは……」
なので、友人には困っていないものと思っていました。
末莉さんが一つ溜息をついた後、虚空を見つめるような感じで言いました。
「確かにそう。校庭で男子たちとワイワイ楽しんでいたのは事実。
でもね。あの子達はあたしが運動出来たから、勝負に勝ちたかったから絡んできてただけで、
表面上の関係に過ぎなかったのよ。
裏で男女だの、色々いってた事も、あたしは全部知ってるんだから。」
「…………」
そう……だったんですか。
予想外の告白を聞いて、どういう表情をしたらいいのかが全くわかりませんでした。
わたしは何て言ったらいいのでしょうか。
「でもね、スフィーは違った。あたしの内面を見てくれようとしていた。そこがとっても嬉しかった。
だから、あたしにとって初めての友達はスフィーなのよ。」
「…………ありがとう、ございます……」
とても嬉しかった。感動の余り涙がでそうになった。
でも、だからこそ別れという2文字が脳裏に走る度に、心が潰されそうになります。


「ねえ。確かにあたしとスフィーはこれから離れてしまうかもしれない。
でもさ、これが永遠の別れじゃない気がなんとなくするんだよね。」
「…………」
「だから元気出して。遠く離れてても、あたしは何時でもスフィーの側にいるから。」
末莉さんの励ましが心にジーンと響きます。
願わくば、本当にそうなってほしいのですが。
「あ、そうだ。スフィー、今はさみ持ってる?」
は、はさみ?
何故はさみなのでしょうか。何故かわかりませんが、末莉さんの言われるがままに、はさみを用意して渡しました。
すると、いきなり末莉さんが自分の髪をはさみで切り始めました。
ど、どうしたんでしょうか……
ツインテールのうちの片方をばっさり切り落とし、一呼吸してからそれをわたしの方に向けて
「こんなんで悪いんだけど、これをあたしと思って、受け取って貰えないかな?」
テールが左側だけになった末莉さんが、笑顔で髪を渡そうとしてくれています。
「で、でもよろしいのでしょうか?末莉さんの髪が片方……」
片側だけになったためか、なんとなく頭のバランスを取るのに苦労されているみたいですが……
「いいのいいの。むしろこんなものしか渡せなくて、こっちの方が謝りたいぐらいよ。」
バランスが取れなくなっても、なんとかしてわたしを励まそうとしてくれている。
その事実だけで十分でした。
「ありがとうございます……わたしの一生の宝物にします……」
一生だなんて大げさな、と末莉さんは苦笑してましたけど、わたしにとっては家宝に等しいもの。
保存方法をお父さんに聞いてみることにしましょう。
次末莉さんに会うときが来るまでは、大切にしまっておかないと……
「あ、あとさ。お節介かも知れないけど、一つだけいいかな?」
「何でしょうか?」
「些細なことなんだけどさ、名前を平仮名表記にしてみたらどうかな?」
「ひ、平仮名ですか……?」
その発想はありませんでした。読み方は一緒なので、特に問題はありませんが……
「片仮名で書くと、日常にはないような感じがして近寄りがたい雰囲気あるけど、
平仮名だとなんとなく親しみがあっていいというかさ。」
「なるほど……」
「ごめんね、気に障ったら謝るからさ。」
どことなくばつが悪そうに喋る末莉さん。
でもわたしの答えはもう決まっています。勿論回答は……





「いえ、ありがとうございます。これからわたしは『すふぃー』と名乗ります。」





地面を焦がす日光。セミの声が鳴り響く暑い夏。





そんな中、わたしは一つの別れを体験しました。






勿論寂しさはありますけど、悲しさというのはもうありません。







何故なら、また何時か会える気がする。 わたしもこの言葉を信じていますから。






もう迷いはありません。わたしはわたしなりに、新しい出会いを見つけていこうと思います。











末莉さん……また何時か、きっと会えますよね。










〜 Fin 〜